2010年06月15日

【土・日曜日に書く】論説委員・福島敏雄 「龍馬」ブームを考える(産経新聞)

 ≪空前の観光客ラッシュ≫

 風雲児という、カッコがいいコトバがある。最近ではIT業界や兜町の風雲児などと称する人物が登場したりするが、たいていは惨(みじ)めに落魄(らくはく)するケースが多い。政界の風雲児というのも、あまり聞いたことはない。せいぜい、効き目のなさそうな「接着剤」が登場したりする程度である。

 だが歴史を繙(ひもと)くと、これぞ風雲児という傑物は多い。日本史でみると、古代でいえばヤマトタケル、鎌倉期の源義経、戦国期の織田信長などがあげられる。

 「風雲」とは辞書的にいえば、龍が風と雲とを得て天に昇る好機といった意味である。「風雲急を告げる」という慣用コトバがあるように、そんなときに登場するのが風雲児である。

 となれば、日本史上、もっとも風雲児と呼ばれるのにふさわしい男は、坂本龍馬ということになる。なにしろ、名前にも「龍」の文字がある。

 NHKの大河ドラマ『龍馬伝』の放映をキッカケに、すさまじい龍馬ブームが起きている。大型書籍店に行くと、文字通り汗牛充棟といった感じで龍馬の関連本や雑誌が積まれている。龍馬が足跡を残した地域や建物は、どこも観光客ラッシュである。

 縁あって、その龍馬の軌跡を追っているが、なぜいま、龍馬なのかと、ときたま考えこんでしまった。

 ≪あまりにも忙しすぎた≫

 1990年代は「失われた10年」と呼ばれたが、いまや2000年代以降も含め、「失われた20年」と合算されるようになった。この20年間、日本という国は経済も政治も社会も閉塞(へいそく)しきっていた。ほとんど慣性の法則によって、これからも閉塞は続くだろう。

 そんな中で、龍馬は風と雲の間から、閉塞感を吹き飛ばしながら落ちてくる一閃(いっせん)の光芒(こうぼう)のような存在であった。志士にありがちな夜郎自大なところもない。自らの立場をよくわきまえ、つねに周囲に気を使い続けた。たとえば、実姉ら土佐の家郷に宛(あ)てた手紙には、

 「けしてけしてつけあがりハせず(略)、どろ(泥)の中のすゞめがい(貝)のよふに、常につち(土)をはな(鼻)のさき(先)ゑつけ、すな(砂)をあたま(頭)へかぶりおり申候。御安心なされかし」

 と書かれている。作家の安岡章太郎氏が、龍馬はまれにみる名文家だと指摘したが、比喩(ひゆ)の使い方などもユーモアにあふれている。

 脱藩の志士は、いわば無国籍者である。いくら頑張っても薩摩や長州の大藩のように、自らリーダーとなって維新を成就させることはできない。

 龍馬は今ふうに言えば、革命家だが、あくまでも脇役に徹した。そのかわり天才的な直観力で天下の情勢を見抜き、薩摩と長州をコーディネートさせ、土佐の藩論を「船中八策」でまとめさせた。

 龍馬は「予言者」のように、先を見通した。大政奉還までの道筋を読み取り、新政府の人事図を描き、経済・金融政策の方向性も示した。

 予言者に求められるのは、徹底した「無私」の精神である。決して「つけあがりはせず」、自らの利得に走ったりはしない。では「無私」とは何か。文芸評論家の小林秀雄は「無私の精神」というエッセーで次のように書いた。

 「有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。物の動きに順じて自己を日に新たにするとは一種の無私である」

 ほとんど、龍馬像そのものである。だがその早い晩年、龍馬はあまりにも忙しすぎた。

 ≪悲劇性が魅力≫

 自らがチャーターした蒸気船の衝突、転覆事故による相手方との後始末に追われ、解決したと思ったら英国人殺害事件に部下が関与したとの疑惑の解消に奔走させられた。

 慶応3(1867)年の10月の時点になると、龍馬発案の大政奉還という土佐藩の「無血革命」論は「古い解釈」になってしまっていた。薩長による武力倒幕がアタマを持ちあげ、主流化しつつあった。龍馬は「すゞめ貝」のアタマの砂が、はげおちていたのに気がつかなかった。

 土佐出身で自由民権運動のリーダーとなった板垣退助は、明治まで龍馬が生きていたら、「大阪を作った男」といわれる薩摩の五代友厚か、三菱の創始者、岩崎弥太郎のような経済人になったのではないかと予想した。

 だがヤマトタケルも義経も信長もそうであったように、風雲児とは「横死」を宿命づけられた存在である。「明るさ」とともに、その悲劇性が龍馬の魅力のひとつでもあった。(ふくしま としお)

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posted by t07cckm1r9 at 10:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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